スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アキノ元大統領の葬儀

8月5日(木) 曇り 朝6時25分の気温25℃

 
今朝の6時25分のパラス
逕サ蜒・3859_convert_20090806073717

逕サ蜒・3860_convert_20090806073800

逕サ蜒・3861_convert_20090806073836

 昨日はアキノ元大統領の葬儀でした。アロヨ大統領より、国葬の話が有ったようですがお断りをしたそうです。

逕サ蜒・3833_convert_20090806074149
 


 私は日本人でこの国に永住しています。今、日本の政局も大変な時期ですが、他国に移住した時点で日本国内の政治には物を申せないと自分なりに解釈をしています。

 またフィリピン国の政治に対しても、外国人が口を挟むべきではないと思っておりますが、反論も承知で少しだけ触れてみます。


逕サ蜒・3818_convert_20090806013804

逕サ蜒・3812_convert_20090806013618
 

  私がこの国と関わったのは、マルコス政権により戒厳令の引かれていた時代でした。

 亡き義父達も、内緒話も、人の気配を警戒しながらしていました。

 周りに秘密警察など密告者がウジャウジャいましたから、その後戒厳令は解けましたが、そのような中、ベニグノ.アキノ氏が大統領選の為、亡命先のアメリカより帰国し、世界にテレビ中継中、暗殺されました。

 そして夫の代わりに立候補、落選したのですが、不正選挙の事実を知っている側近達と、民衆が蜂起し、民主革命が起こりコラソン.アキノの政権が誕生致しました。

逕サ蜒・3795_convert_20090806013717


 あの時は世界中が燃えました。マルコス独裁政治の終わりですから、あれは時代の流れだったのですね、

 民主革命が起き、誕生したアキノ元大統領は歴史上永遠に後世に伝えられる事でしょう。

逕サ蜒・3796_convert_20090806014019
 

 民衆も明るい未来に希望を持った事だと思いますが、アキノ元大統領は中国福建省、アモイからの移民で、コハンコ財閥の末裔です。

 やはり末端の庶民の為の政治は出来なかったですね、

逕サ蜒・3811_convert_20090806014115


 その後権力の座に着いた歴代の大統領、国民の為の政治より個人の蓄財に奔走し、現在に至っております。

 戦後アジアの優等生が、アジアのお荷物と蔑まされています。悲しいですね!

逕サ蜒・3813_convert_20090806014231
 

 また今回のアキノ元大統領の葬儀の際、政敵マルコス元大統領の長男フェルディナンド下院議員と長女、アイミー前下院議員が4日、アキノ元大統領の弔問のため、遺体安置先のマニラ大聖堂(首都圏マニラ市イントラムロス)を訪れたのです。

 日本人的には親の敵は孫子の代まで続くと教えられていますが、この国では許してしまうのです。

 
逕サ蜒・3816_convert_20090806014326

 
 葬儀にはエストラダ前大統領が出席されていますが、不正蓄財で終身刑の判決を受け、恩赦で釈放されたのですが、2010年5月に行われる大統領選挙に出馬するとか訳の分からないフィリピンです。

逕サ蜒・3841_convert_20090806074307
 

 復権する際は大きな密約が有ったものと推測致しますが、日本人的観点からはとても理解は出来ません。

 
逕サ蜒・3852_convert_20090806074410
  

 悪評高いアロヨ大統領、延命画策を致し、コラソン.アキノ元大統領にことごとく反対されました。

 今回、国葬は遺族に固辞されましたが、国葬並みに執り行った事は、自責の念からでしょうか?
スポンサーサイト

theme : フィリピン
genre : 海外情報

コメントの投稿

Secret

おはよう御座います。

最近ベランダからの綺麗な風景がボヤけていますネ。
こちらも似た様な天気ですが.....

私もフィリピンの政治に興味が無いと言うか、日本目線でフィリピンを見たくないと言うのが本音です。
所詮私は訪問させて頂いている外国人ですから....客は客らしく振る舞おうと思っています。

でも今日はダニエルさんの真似をしてチョットだけ....(笑)

気になるのは、私がお付き合いの有る方々が口を揃えて言う事は『マルコス時代の方が良かった!』です。
何の為のピープル革命だったのでしょうネ!
亡くなわれたアキノ女史・ラモス氏・エストラーダ氏・現大統領....段々悪くなったと良く聞きます。

私は革命の時の映像を見て居て、これからフィリピンは変わるな!っと思いましたが、悪い方に変わったら革命の意味無いジャン!と感じている今日この頃です。
ですから来年の選挙も誰が大統領になるかは興味有りませんし、フィリピンが少しでも成長する事を願うだけです。

興味の有るのは選挙で長い期間のGUN BANが有る事です....(笑)
不謹慎で失礼しました。(ペコリ)


きらさん・おはようございます。

 今、二度寝から目覚めました。外はドンより曇り、雨も時々降りつけます。強めの風も吹いています。
 きらきらと星の瞬く季節が恋しいですね、(大笑)

 >気になるのは、私がお付き合いの有る方々が口を揃えて言う事は『マルコス時代の方が良かった!』です。

 この国の人達は皆、同じような認識なんです。今の世界情勢が下降している最中ですので特にそうなのかも知れませんが、マルコス時代を懐かしんでいる人が多いのです。

 教育にしてもあの頃はフィリピン人を誇りに思っていたのではないでしょうか、いまは、未就学児童も増えたようです。教育の場を与えない方が、国民をコントロールし易いからでしょうか、(笑)

 この国で中枢をなすのは、華僑系の財閥、そして政治家も何らしかの息が掛かっています。これを敵に廻す政策は出来ない気がします。それこそ命取りになります。

 末端の国民は貧乏の中生きてゆかねばなりません。

 私はこの国で生き延びる為、これから日光の三猿になります。(笑)

昨日は・・・

おはようございます。

昨日は故コラソンアキノ大統領の葬儀のための休日、国民の多くは葬儀に参列したようですね。

しかし、あのクーデターの時もそうでしたが、一般国民はそこで起きている出来事すら分からない人もいたぐらいで、政治に対しての関心の無さ、というより無知さを感じさせられざるを得ないというのが実感です。

これも仰るように自国の人たちで解決する問題だと思うのですが、それにしても、華僑系のアキノ元大統領始め、アロヨ大統領、派閥が複雑すぎて、理解に苦しみます。

そう言えばマルコス政権時代の国の動向を元補佐官が語ったDVDがありましたが、無くなっていなかったらそのうちおあげします。

私が初めて訪比したのも、マルコス政権下でした。
当時は拳銃所持が発覚すると終身刑とか言われてました。

また、当時の方が庶民の着ている物や走ってる自動車
なんかは裕福だったように記憶してます。

エルミタなどは12時過ぎに外国人が歩いてると
戒厳令で捕まるとか言ってましたが、全然平気でした(笑)

但し、地方からマニラへの夜間ドライブは運転手が
みんな怖がってました。
山賊がでるとか言ってましたが、治安も当時の方が
良かったと感じてます。

比国にとっては左より、右の方が良いように思えます。

アキノ元大統領のご冥福を心から申し上げます。

ショウタさん・こんにちは、

 >昨日は故コラソンアキノ大統領の葬儀のための休日、国民の多くは葬儀に参列したようですね。

 あれだけの人をテレビで見たのは久しぶりです。それにしても何処から集まってきたのか葬儀も暗くなってしまいましたね、たまに通る事のあるスーカットの道路もいっぱいの人、ビックリしました。

  >これも仰るように自国の人たちで解決する問題だと思うのですが、それにしても、華僑系のアキノ元大統領始め、アロヨ大統領、派閥が複雑すぎて、理解に苦しみます。

 私もこの国 の政治の背景が全く分かりませんし、異国人として知らない方が良いのかも知れません。

 ただ庶民が、人間の生きる、最低限の生活を維持出来る政治を行って頂きたいと願うだけです。

 >そう言えばマルコス政権時代の国の動向を元補佐官が語ったDVDがありましたが、無くなっていなかったらそのうちおあげします。

 どうぞ宜しくお願い申し上げます。(笑)

sabangbatoさん・こんにちは、

 >私が初めて訪比したのも、マルコス政権下でした。
当時は拳銃所持が発覚すると終身刑とか言われてました。

 戒厳令もだんだん緩くなり廃止されましたが、夜間は誰も出かけられませんでした。今でも田舎ですから、同じかも(笑)

 
 >また、当時の方が庶民の着ている物や走ってる自動車
なんかは裕福だったように記憶してます。

 あの頃はジプニーも派手派手でしたが、今は規制で汚くなりました。生活もあの頃が一番良かったと言う人が多いのです。何の為の革命だったのでしょうか、

 今まで続く、歴代大統領、首の挿げ替えにしか見えないのです。

 >アキノ元大統領のご冥福を心から申し上げます。

 私も心からお悔やみ申し上げます。どうぞ安らかにお眠りください。
カウンター
ダニエル写真館
ここをクリック
プロフィール

タガイタイ.ダニエル

Author:タガイタイ.ダニエル
 
 私は35年前、妻と結婚、東京で暮らして来ましたが、還暦を期に4年前、妻の故郷フィリピン国タガイタイに移住して来ました。
 
 タガイタイ市、はフィリピン国カビテ州のはずれに存在し、タール火山の外輪山上に形成され、標高500~700Mの高地です。
 その為、南国フィリピンにしては比較的涼しく、夜間は寒さにふるえる事も有ります。

 首都圏マニラより約60KMと近い為か、大物政治家、実業家、著名人の別荘が目に付きます。

 タガイタイの主な産業は、昔からのコーヒー栽培とパイナップルを代表とするフルーツ栽培です。
 観光を目的にする為か、豚の飼育、悪臭を放つ養鶏、ゴミの焼却も市条例により、禁止されています。

 我が家からはマルコス元大統領がアメリカ国レーガン元大統領と会談する為、迎賓館を作ろうと着工されましたが工事半ばにして、エドゥサ政変により失脚、未完成のまま放置されたパラス.インザスカイの山が見えます。
 
 現在タガイタイ市の管理の下に一般に公開されています。
 
 ここに登りますと、タール湖に浮かぶタール火山、Mt.マキリン(1130mラグナ州)、 Mt.バナハウ(2077mケソン州)、 Mt.マコロット(バタンガス州)、フィリピン一広いラグナ湖、マニラ首都圏まで一望出来ます。


 また徒歩圏内には、タール湖に浮かぶタール火山を眺めるビューポイント、 ピクニック.グローブ.コンプレックスもあります。
 
 

リンク
世界時計
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。